石巻の今 ときどき世界

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旧大川小学校の震災遺構基本設計案を公表

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 東日本大震災の津波で児童・教職員合わせて84人が犠牲となった宮城県石巻市の旧大川小学校。石巻市は1月20日夜、市河北総合センターで住民説明会を開き、震災遺構として整備する基本設計案を公表した。石巻市は2021年度末の完成を予定している。出席者からは「展示空間の考え方に、何が起きたのかだけではなく、だから何が大切なのか、教育という部分が必要だ。防災教育、学校防災を考えないといけない」といった指摘があった。

見学者に何を伝え、何を学んでほしいのか

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 旧大川小学校の震災遺構基本設計案の完成予想模型

基本設計案概要

  全体コンセプトは以下の3点(原文のまま)。

  • 多くの犠牲者を悼む慰霊・鎮魂の場所とします。
  • 命の尊さを伝え避難の重要性を忘れないための場所とします。
  • 地域の記憶を継承し災害の恐ろしさを未来へ伝える場所とします。

  このコンセプトを基に3.35ヘクタールの遺構整備エリアを①駐車場②追悼の広場③鎮魂の森④震災遺構-の4ゾーンに分けている。展示空間の考え方として、敷地全体を巡りながら「旧大川小学校で起きた事実に向き合い、個人個人が考える展示」とする。

 「震災遺構ゾーン」は、校舎や校庭などのある区域。校舎は柱や梁などが十分な強度が保たれていることから、震災遺構としてそのまま存置保存する。しかし、天井や床などは損傷が激しく落下の危険性があることから、内部には入らずに屋外から見る形にする。補修をすることは、遺構としての性格を失うため、手を加えずに劣化の進行を定期的に観察していくという。

 「追悼の広場」は校舎西側のエリアで住宅地だった所。その南に位置する山側が「鎮魂の森ゾーン」。追悼の広場から県道を挟んで北側が「駐車場ゾーン」となっている。

 屋外展示計画では6つのポイント(図面の緑色の数字)を設定し、情報を読みながら巡る順路としている。入り口付近と鎮魂の森には献花台を置く。校門は元の位置に設置する。校舎北側の県道沿いには、校舎を見たくないという声に配慮して樹木を配置するか、木製ルーバーなどを設ける。

 管理棟は鎮魂の森の東側に建てる。木造平屋で延べ床面積300平方メートル。展示室、多目的スペース(最大40人が着席利用可能)、トイレ、倉庫などを設ける。展示室には震災の詳細な資料や震災前の地区のジオラマなどを置く。

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ソフト面の課題

 出席者から防災教育や学校防災の取り組みが必要と指摘された点に関して、石巻市震災伝承推進室の今野照夫室長は「事実として伝えなければいけないことがある。その中に防災教育になるものもある」「地域全体で418人が犠牲になっており、地域防災を考えている。その中に学校防災も含まれる」「今後もヒアリングが必要」などと答えた。

 会場からは「事実が明らかになる前に遺構を整備することは納得できない」という意見もあった。亀山紘市長は「何を教訓として残し伝えるか、これにどう踏み込むかが課題だ。今後、検討が必要。時間の経過によって事実が変わることもある。それに応じて展示内容も変わることがある。常にしっかり取り組みたい」との考えを示した。

 旧大川小学校の悲劇については、「真実を知りたい」として児童の遺族が市と県に損害賠償を求めた訴訟を起こし、1審では教職員の、2審では学校と市教育委員会の過失を認めた。市と県は仙台高裁判決を不服として最高裁に上告し、裁判が続いている。

 石巻市は3月までに基本設計をまとめ、2019年度に実施設計、2020年度着工、2021年4月の公開を目指している。石巻市は旧門脇小学校も震災遺構として整備する計画で、本年度中に実施設計を発注。2020年度末の完成予定だ。この2つの遺構で何をどう伝えるのか。今後、行政、市民、研究者らが知恵を出し合う議論が不可欠だ。